ヘイトスピーチの定義は、そんなに難しい話じゃない

ヘイトスピーチを「暴言」と解釈するバカがまだいる

いやね、2015年も暮れようとしているのに、いまだにいるんですよ、「ヘイトスピーチの定義は曖昧だ」とかいうバカが。

特に僕が驚いたのはこの発言

世に倦む日日 on Twitter

高島章は、しばき隊員の暴言こそがヘイトだと言っていた。同感だ。しばき隊の思想と行動は、ヘイトスピーチとは何かという認識と理解を混乱させる。その概念の定着を阻む。師岡康子たちの努力の所産を水の泡にしてしまう。そのことは、長谷部恭男的な慎重論の方向に世論を向かわせるだろう。

この世に倦む日々って人、あんまりよく知らないんだけど、この発言はすごいよね。

この人が、ヘイトスピーチを「暴言」と認識しちゃってる事はよくありがちなダメ解釈なので、まあ置いておく。でも僕が驚いたのは、この人が、ヘイトスピーチの定義として「あるべき」ものを、"師岡康子たちの努力の所産を水の泡にしてしまう"と師岡さんの名前を出して示唆していること

これ、師岡さんが読んだら鼻からコーヒーを吹き出すぐらい笑い出すだろう。だって、師岡さんのヘイトスピーチの定義には、「暴言」なんて要素にスラなっていないのだから。

ヘイトスピーチとは、広義では、人種、民族、国籍、性などの属性を有するマイノリティの集団もしくは個人に対し、その属性を理由とする差別的表現であり、その中核にある本質的な部分は、マイノリティに対する『差別、敵意又は暴力の煽動』(自由権規約二〇条)、『差別のあらゆる煽動』(人種差別撤廃条約四条本文)であり、表現による暴力、攻撃、迫害である。

これは名著の誉れ高い「ヘイトスピーチとは何か」の冒頭部分(p.48)に出てくる師岡さんによる「ヘイトスピーチの定義」。つまり世に倦むとかいう人は、「師岡さんのヘイトスピーチの定義」を是としながら、なぜか師岡さんの定義に該当しない「高島弁護士への暴言」をヘイトスピーチとしているわけ。これ、もう、意味がわからなくて、笑うしかないレベルだ

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さすがに、世に倦むとかいう人みたいに、「賢いふりしようとして、師岡康子や長谷部恭男の名前を出してみたけど、読んでないことがバレた」なんていう大失態をさらすようなバカはあまりいない。しかし、「死ねとかいうな、それヘイトだぞ」とか「暴言もヘイトスピーチだ」とかいうアホみたいなことを未だにいう人はいる。そういう人たちは、決まって、「ヘイトスピーチの定義は曖昧だ」という。

しかし、本当にそうだろうか?

ヘイトスピーチの定義は難しくも何ともない

前掲の師岡さんの定義をもう一度見てみよう。

ヘイトスピーチとは、広義では、人種、民族、国籍、性などの属性を有するマイノリティの集団もしくは個人に対し、その属性を理由とする差別的表現であり、その中核にある本質的な部分は、マイノリティに対する『差別、敵意又は暴力の煽動』(自由権規約二〇条)、『差別のあらゆる煽動』(人種差別撤廃条約四条本文)であり、表現による暴力、攻撃、迫害である。

各種の条約から概念や用語を引用していることがわかる。つまり師岡さんは、「すでにあるもの」を利用しているのだ。プログラミングするときに、外部モジュールを呼び出すのに似ている。

師岡さんが呼び出した外部モジュールは、「自由権規約」と「人種差別撤廃条約」の二つ。どちらも世界の大半の国によって批准されており「人権って何?」を考える時 そして各国が人権周りの法整備をする時にからなず参照する基本中の基本のような条約だ。ここ最近のweb界隈に於けるjQueryみたいなもんだな。もちろん、jQueryを参照しなくても、あらゆるブラウザを想定して自分でしこしこjava script書いて。。。みたいな事できるっちゃーできるけど、そんな無駄な努力する必要なんてない。それと一緒で、人権周りの話を考える時や、法規制を考える時は、自由権規約」と「人種差別撤廃条約」の二つを参照すればいい。

では、これらの条約によって、差別はどのように定義されているのだろうか?

最も有名なのは、「人種差別撤廃条約」の「人種差別の定義」だろう

第1条

1 この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。

な? これそんな難しい話でも、奇矯な話でもない。一読してスッと理解できるだろう。

さらに自由権規約になると、もっと直截的な表現がある

第二十条
2 差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。

これってもうまさに、ヘイトスピーチの事だよね? 師岡さんがさっきの引用文で行った作業は、とりもなおさず、自由権規約や人種差別撤廃条約を読んだことがない人に対して、そのエッセンスを短い文章にまとめてあげた。。。ってことでしかない。そして、条約を読めば、師岡さんの文章に頼らなくても、一読して、「何がヘイトスピーチなのか」は理解できる仕組みになっている。まことにありがたい。

ちなみにこの2条約は、外務省も「基本中の基本」と認めているようで、外務省のサイトにある「人権外交」のページで「主要人権条約」としてリストアップされている。

人権外交

もちろん日本も批准している。確かに一部で有名なように、我が国は自由権規約や人種差別撤廃条約を批准しながらも、一部の条項について、留保していたりする。でも、上にあげた部分 つまり、人種差別撤廃条約の1条 自由権規約の20条には、留保していない。

ということは、引用くりかえしになるけども

人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの

を、人種差別と認識することも

 差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道

を法律で禁止することも、日本は国際公約としているわけだ。

このように、「何が人種差別なのか?」についても「ヘイトスピーチの定義とは何か?」についてもそんなに難しい話じゃない上に明確に既に提示されており、なおかつまた、日本はそれを国際公約としている。

何が難しいことあるんだろう? さっさと国際基準にのっとって、ヘイトスピーチの規制をすればいいだけの話。何もためらうことはない。

もう2015 年だ。いつまでも「ヘイトの基準が明らかじゃない」とか言ってるアホは置いてけぼりにして、前へ進もう。前へ。


注1

人種差別撤廃の1条1項の話をすると、「1条2項で市民と市民でないものの区別を設定しているぞ」というアホが必ず湧く。こういうアホは、どうやら、人種差別撤廃委員会が2004年にいわゆる「一般勧告30」を出して、「市民権のない人の取り扱い方」を細かに指定していることを知らないらしい。一部を抜粋すると

 .第1条2項は、差別の基本的な禁止を害することを回避するよう解釈しなければならない。したがって、同項は、とくに、「世界人権宣言」、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」、および「市民的及び政治的権利に関する国際規約」が承認し、および規定する権利および自由を縮減するものと解釈されるべきではない。

 

と、ちゃんと手抜かりなく、言及されている。議論したければ、基本的文献ぐらい読むように。日弁連サイトに、原文がPDFで掲載されているから、読んでこい。

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コメント

  1. ゲームオーバー より:

    和訳すると、ボクちゃんの反対がバカでボクちゃんカッコいい!ってこと?
    済みませんが三行で書いてほしい。
    常人が嫌がらず読めることはその長さまでだから。

    (これが3行)