街に出ろ!

ちょっとあまりにも酷いんでね。しかしもはや自由も効かず、僕には書くことしかできない。そこで、「もし僕なら……。」と檄文を書いてみた。


国会はこの18日、会期末を迎える。

森友、加計、そして国際医療福祉大学と、次々と露見した政権の疑惑に関する答弁や、TPPや共謀罪をはじめとする重要法案の審議を通じて明らかになったことは、「政府はもはや国会を無視している」という現実だ。

森友問題を見よ。
野党各党が再三にわたって請求した資料開示を、政府はあざ笑うかのようにことごとく無視した。

加計問題を見よ。
次々と露見する内部文書の存否について、政府は、「内部告発者が実名を公表し、顔を出して発言するなら対応する」と、もはや脅迫とも取れる対応をしている。

共謀罪の審議を見よ。
法相は正常な答弁をすること能わず、政府委員をして代わりに答弁せしめる始末。衆院での野党善戦は記録として尊重されず、参院の議論に反映される気配さえない。

現実を見よ。
国会はここまで愚弄され無視されている。与党絶対多数にあぐらをかいた政府は、もはや国会を必要とさえしていないのだ。

我々は、野党各党の国会での奮闘に最大限の敬意を表するものである。そして今後も、健全な議会制民主主義の発展のため、野党各党所属議員の院内活動に、最大限の尊重を示すことを約束するものである。

しかし、もはや現実はそれを許さない。

なるほど国会での議論は、後に議事録となり記録として残るのだろう。なるほど審議をすれば、政府は曲がりなりの答弁をするのだろう。しかし、我々は、記録は改ざんされ、政府の答弁は実のないものであることを、煮え湯を飲む思いで学習したではないか。

かかる現実を直視するとき、我々は、野党各党が国会審議に応じることに、疑問を呈せざるを得ない。

日本は議会制民主主義の国である。我が国の憲法は「国会は国権の最高機関である」と、明確に規定する。この原則を踏みにじったのは、国会を愚弄し無視する政府だ。

クーデターはすでに起こった。

国権の最高機関たる国会を完全に愚弄し無視する、政府・官邸こそが、このクーデターの首謀者だ。

この期に及んで野党各党が国会審議に応じることは、クーデター勢力への加担であり滑稽ですらある。このままいけば野党各党は、このクーデターに飲み込まれ一切の政治的基盤を失い、野党各党の存在など雲散霧消してしまうだろう。

野党議員の諸君は、かかるクーデターに加担するつもりなのか?あるいは中世ヨーロッパの宮廷クーデターに登場する宮廷喜劇人の如く狂言回しに甘んじるつもりなのか?

いや、そうではあるまい。

我々は確かに見た。

共謀罪審議で果敢に政府に論戦を挑み法案の欠陥を鋭く批判する民進党議員の姿を。
内部告発者の人権を守りながらも果敢に政府の欺瞞を糾弾する共産党議員の姿を。
独自の調査に基づき舌鋒鋭く政府と対峙した自由党議員の姿を。
限られた時間の中で精一杯政府答弁の矛盾を指摘した社民党議員の姿を。

諸君らの奮闘は何のためであったか?

政府の横暴を糺し、行政の暴走を止め、我が国の議会制民主主義を守るためではなかったのか?

しかしその奮闘はもはや国会では成立しないのだ。

ならば、立とう。

我々市民と共に街頭に立とう。

立って憲政の恢復を叫ぼう。

民主主義は常に街頭から生まれる。
ならば、一度死んだ我が国の民主主義を再生するのも街頭しかあるまい。

我々は今日から毎日、国会前に立つ。
来る日も来る日も国会前に立ち、「民主主義を守れ」と叫び続ける。

80年前、我々は政府と戦うことを放棄し、悲惨な戦争の道を選択してしまった。その過ちを繰り返さぬために、我々は国会前に立つ。後世に対する責任を果たすために、我々は国会前に立つ。

野党議員諸君、我々と共に立とう。

そして共に、日本の議会制民主主義を守ろう!


因って件の如し。

無責任と言う批判は甘んじて受ける。

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